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#南米のジャニーズ事件 性的虐待を36年…政府とグルになって南米チリに自称元ナチスの宣教師が築いた性犯罪者のユートピア「コロニア・ディグニダ」

目次

コロニア・ディグニダをご存知ですか〜知らないですよね〜そうでしょ〜

私もこんなクソキモ野郎がいるなんて知らなかったです〜

それじゃ事件をいちいち紐解いていきます〜

事件が起きたのは南米チリです〜

そこに元ナチス党員で戦後宣教師になったという男がやってきます

その名はパウル・シェーファー

コロニア・ディグニダスペイン語: Colonia Dignidad)は、チリ共和国マウレ州リナレス県パラル英語版)にある、1961年に開墾されたドイツ移民を中心とした入植地の旧名称[1]

https://ja.wikipedia.org/wiki/コロニア・ディグニダ

彼はアドルフ・ヒトラーを崇拝し元ナチス党員を名乗る、子どもに対する性的虐待でドイツを追われたキリスト教バプテスト派の指導者であったらしいですけど、おそらく悪魔崇拝者だと思います〜

コロニーのフルネームは「尊厳慈善および教育協会(Sociedad Benefactora y Educacional Dignidad)」[1]ドイツ人及びチリ人の資金により開墾、運営され、キリスト教の教義をモデルに掲げているが、1960年代初頭の入植当初から40年以上、ドイツ人のシェーファーの指導の下、拷問や性的虐待、殺害をもって運営を続けた[3][4]カルト団体。

また、2022年を過ぎた現在でも行方不明者の家族を中心に捜索を求めた告発が続いているが[3][4][5][6]ドイツ系レストラン及び宿泊施設として運営を続け、WEBサイトもある[7][8][9]2005年の創設者シェーファー逮捕後以後は[10]、「新しく生まれ変わった」ことを標榜してはいるが、「ビジャ・バビエラ」という新名称自体が、ドイツ人の元ナチスSSで武器商人のゲルハルト・メルティンズのアドバイスを受けたものであり、2021年2月にも、チリ軍政期の残虐行為に関する証拠を破壊、隠滅行為により警察とも争い問題になった[5]

https://ja.wikipedia.org/wiki/コロニア・ディグニダ

この悪逆非道なカルト集団、どこかの教団と似てませんか?

創価学会とか統一教会とかオウム真理教を想起させますね〜社会のゴミですぅ〜

それを軍事政権下で保護して、反政府主義者を投獄して人体実験してたり、元ナチスの幹部を匿っていたのがこのコロニア・ディグニダになります〜

思いっきりジャニーズ事件と似ていますね〜、CIAは性犯罪者を使って他国を腐敗させていったんですね〜

やってることが完全に洗脳教育です〜

こうした異常性に声をあげる者がいなかったわけではないが、脱出者は捕まり、または強制的にドイツに戻されたりした。力強いコネクションをコロニアは築き上げてしまったからである。このためコロニアは法がおよばず、「国家の中の異国」、「チリの法律が及ぶのはコロニアの玄関まで」[15]と呼ばれた。[12][3]

指導者シェーファーによる子どもに対する性的虐待は、儀式化、組織化、ルーティン化され、6歳頃から始められた[1]。コロニアでは家族という単位自体が存在しないため、子どもたちが父親や母親に助けを呼ぶことは一切できなかった。そしてシェーファーは一日に3人~4人の男の子を性的にもてあそんだ[1]。周囲の者たちは、恐怖のため誰も声をあげることが出来なかった。シェーファーに性的に愛された者には特権が与えられ、彼の要望にこちらから進んで応えない者には電気ショックなどの拷問のほか、周囲の者が食べる中で食事も与えられなかった[1]

コロニーからの離脱者は、パウル・シェーファーが絶対的権力を握るカルトであったと証言しており、住民は決してコロニーを離れることが許されず、性により厳格に区別され、逃げられなかった。監視体制が行き届き、フェンスと有刺鉄線, そしてセンサーで覆われていたからである[16]。更に外ではコロニアに協力する住民と軍、警察、ドイツ大使館によって守られていた[4]

たとえ親子であっても共にいることは徹底して禁じられた。このため同じ入植地で過ごしながら、親子で撮った写真すらほとんどないのである[17]。彼らは双方とも薬を打たれ、電気ショックなどの拷問を受け続けた。こうした中シェーファーは好き勝手に暴力を振るい、日々子供たちを性的に虐待し続けた[17]。また労働は7歳から始まり、1週間7日、1日16時間、365日続いた[1][16]。反抗的な者に対してはほぼ日常的に暴力が振るわれた。

外部からの情報を遮断する意味から、テレビや電話、カレンダーは禁じられ、住民はバイエルンの農民の服を身に纏い、ドイツの民謡を歌いながら働いていた。セックスも禁じられ、性欲を抑える薬の服用を強要された住民もいた。専ら女児(時には男性にも)に対し鎮静作用のある薬が投与された。殴打や拷問といった形での躾は日常的に行われた。

だが一方で、シェーファーは子供に対する性的なもて遊びをルーティーンとしていた。またシェーファーが望むことを喜んでやらない場合は、別の建物に連れて行かれ、電気ショックを含む拷問を受けた[1]

https://ja.wikipedia.org/wiki/コロニア・ディグニダ

入植したものはクリスチャンという名の奴隷として扱われる

コロニアの表面の経済活動は農業であった。コロニアでは、シェーファーの楽園を作るため、1年365日、1日16時間の無償強制労働が続けられた。また1960年代の入植当初から小児虐待、強制労働、電気ショックを含む拷問が行われた[1][12]

入植地は、広さ13000ヘクタール[19](東京ドーム約2780個分)を持ち、学校や無料の病院、食料品から最新型のメルセデス・ベンツのセダンやトラック、武器や化学兵器などの地下工場や2本の滑走路の他、発電所さえ存在した[11][12]。さらに高さ100メートルを超える監視塔、赤外線センサーで網羅された鉄条網や対戦車防護壁、各建物を繋がれた無線、有線の連絡網など、農業を守るだけとは思えない規模の様々な施設があり、その為に「アドルフ・ヒトラーマルティン・ボルマン逃亡先では」とまで噂された[14]

なお、コロニアの初期当時から、コロニアはシェーファーなどのヒトラー信奉者を中心とした「ナチス残党を集めてナチスの再建を図っている」ドイツ亡命者の集まりで、さらに冷戦下でCIA、ロッジP2などの反共主義組織との武器売買の関係が噂されていた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/コロニア・ディグニダ

CIAも知ってたんですね〜ますますジャニーズや統一教会や創価学会と似てきましたね〜

photo of city under cloudy sky
Photo by Matt Erasmus on Pexels.com

むしろCIAは反共組織として支援してる節までありますね〜えげつない工作組織です〜

これらの資金源は、ナチス時代のドイツから戦前に持ち出していた資金を横領したもの(本来なら敗戦時に東西ドイツおよび戦勝国に返還すべきものである)、敗戦時に横領し元ナチ党員やドイツ軍関係者により南米に持ち出された金品(これも敗戦時に東西ドイツおよび戦勝国に返還すべきもの)、戦後のナチ党信奉者からの寄付、米中央情報局(CIA)やロッジP2、チリ政府(1973年以降はピノチェトの軍事政権)などとの不法な武器売買、そしてコロニア内での麻薬栽培や農業があると想定されている。

そして1979年にはサイモン・ヴィーゼンタールが、かつてアウシュヴィッツ強制収容所にて様々な人体実験を行い「死の天使」として恐れられた医師ヨーゼフ・メンゲレが、第二次世界大戦後にコロニー内にいたことを明らかにした[20][21]。またコロニアからの脱走者ヴォルフガング・ミューラーも、入植地内にナチ親衛隊の士官が2名いたことを認めた(後に撤回)[21]。その士官としてオットー・スコルツェニーが噂された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/コロニア・ディグニダ

コロニア崩壊までの道のり

写真は第30代チリ大統領のアウグスト・ピノチェトさんです〜こいつが2006年に死んだ時、信者は信者で感謝の周回を開いたそうです〜でも反ピノチェト主義の人の方が圧倒的に多くて、しかもスペインに亡命してた人も多かったことからチリ国内ならずスペイン、また他の国に亡命した人や人権団体などは各地でこの人の死を祝ったそうです〜

民政化後のコロニア(1990年-現在)

シェーファー逃亡

1990年代前半の冷戦終結とアウグスト・ピノチェト率いる軍事政権時代の完全な終焉を受けて、1996年にはチリ軍と警察からの捜査を受け、弾薬や武器製造、拷問や通信傍受などのコロニアの秘密はほぼ廃棄されたと思われた。

さらにシェーファーは、1997年5月20日、エドゥアルド・フレイ政権下で少年に対する性的暴行の容疑で再び起訴を受ける。この起訴によれば、コミュニティ内の診療所と学校を利用していた26人の少年からシェーファーらによる暴行の証言を得たとされる。起訴を受けたシェーファーは姿を消し国外に逃亡、2004年に懲役20年の判決を受け欠席裁判で有罪判決が下された[25]

2005年3月10日、8年近く失踪していた創設者シェーファーは隣国のアルゼンチンブエノスアイレスからおよそ40km地点のラスアカシアスと呼ばれる地区で発見された[25]。チリとアルゼンチン当局による2日間の交渉の末、シェーファーは裁判所に出頭するべくチリ側へと引き渡された。

隠された武器

しかし2005年のシェーファー逮捕後の6月から7月にかけて、チリ警察はコロニー内部あるいは付近に兵器の隠し場所2か所を発見した。コロニー内部にあった1つ目の隠し場所には機関銃自動小銃ロケットランチャー地雷の他大量の弾薬が入った3つのコンテナを含み、中には40年前に製造されたものもあった。地下からは戦車すら見つかった。

この隠し場所は、これまでチリの民間所有で発見されたものとしては最大の兵器庫と言われる。コロニアが運営していたレストランの外にあった2つ目の隠し場所には、ロケットランチャーや手榴弾が発見された。8月26日、チリ警察当局が元指導者シェーファーらへの捜査の一環として資産を管理するためコロニアに入った。

改名とシェーファーの死

またシェーファー逮捕後、コロニア・ディグニダは、「ビジャ・バビエラ」(スペイン語で「ババリア(バイエルン)風のビラ」の意味)と名前を変え、現在はホテルとレストランというレクレーション施設として現存している[9]。その後2010年にシェーファーは死亡した。

シェーファー死後

しかし、軍政期からシェーファーの死、そして現在に至るまで、「ビジャ・バビエラ」はエルナン・ラライン英語版)というピノチェト派の強力な弁護士による保護を受けている。ララインはコロニアによる拷問、小児に対する性虐待、反軍政派に対する行方不明など、いかなる告発も握り潰し、唯一捜査が入った1996年においても強力な弁護を敷き、守り通した[4][15]

なお2018年にエルナン・ララインは新たに就任したチリのセバスティアン・ピニェラ大統領によって司法・人権大臣に任命され、コロニアにおけるこれまでの人権侵害捜査の総責任者となった[26]。すなわち、1970年代から80年代にかけての軍政時代及び軍政後から21世紀を過ぎた現在まで、「コロニア・ディグニダ=ビジャ・バビエラ」を守り続けた人物が、新しい政権の被害者救済及び行方不明者捜索の総責任を負うことになった[27]。その後、ララインは2022年のピニェラ大統領の辞任に伴い司法・人権大臣を辞任した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/コロニア・ディグニダ

このエルナン・ララインって弁護士怪しいですよね〜何で人権侵害してたクソ宗教守りまくってた人が、被害者救済役を命じられてんのか意味不明ですね〜

(竹中平蔵じゃんそれ竹中平蔵だよそれ)

結局このピニュラ大統領もコロニアやCIAと関係が深かった人なんですかね〜

ちなみに映画『オオカミの家(2018)』関連で一番やばいのが、コロニア・ディグニダの児童虐待、誘拐、拷問、殺人など夥しい数の凶悪犯罪の大半を極右政権の庇護下で闇に葬ってきた弁護士のエルナン・ラライン元上院議員は『スペンサー ダイアナの決意(2021)』などのパブロ・ラライン監督の実父ということですね〜

政府関係者が全員性加害者か〜クソキモい国ですね〜まぁ他国のこと言えないですけど、それは自国民が一番思ってるかもしれないですね〜

何で政府の人って性犯罪者多いんだろ、何であいつら逮捕されないんだろ〜って

結局暴力と金で人を支配してきた奴らが政治してるから、そのチェック機能を立法で骨抜きにしちゃうんでしょうね〜

本当にアメリカっていうのはクソみたいな国ですよね〜

あっ以上です〜

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