クリスマスは悪魔二ムロドの生誕祭

このクリスマス、実は本当の意味は私達が知る物とは全く異なるものでした。
そもそもクリスマスとは、実は悪魔が絡む恐ろしいものだったんです!
そしてクリスマスと言えば12月25日。
しかし、12月25日は本当のクリスマスではないんです!
では、クリスマスの本当の日にちはいつなのでしょうか?
今回は、クリスマスとはいったい何なのか。
クリスマスの本当の意味について紹介していきたいと思います!
クリスマスとはそもそも何?
クリスマスの夜は、家族でごちそうを食べて、翌朝には枕元にプレゼントが届いているのが一般的な認識ですよね。
しかし、クリマスとはそもそも何なのかご存知の方は少ないのではないでしょうか。
私達が何気なく毎年楽しみにしているクリマスとは、いったい何なのでしょうか?
クリスマスはイエス・キリストの降誕祭
降誕祭とは、イエス・キリストの誕生日を意味します。
しかし、イエス・キリストの誕生日は記録が残ってないのです…。
では、どうしてクリスマスがイエス・キリストの誕生日になったのでしょうか。
クリスマスである12月25日は、その昔「光がよみがえる日」でした。
これは、ローマの冬至の日を境に、いままで短くなっていた昼間の時間が、再び長くなることから出来た祭日です。
イエス・キリストは、「正義の太陽」や「世の光」とも呼ばれていたことから、336年に協会でこの祭日イエス・キリストの誕生日を祝う日として定められました。
ロシアは1月7日がクリスマス
クリスマスはユダヤ暦と呼ばれる太陰太陽暦で変換しますが、正教会のうちユリウス暦を使用するものは、グレゴリオ暦の1月7日に該当する日にクリスマスを祝う習慣があります。有名なのがロシアです。
実はロシアのクリスマスは、ヨーロッパより約2週間遅れの1月7日にお祝いをします。これは、ロシア正教の暦によるもので、前述した古いユリウス暦を使用しているためです。
ロシアではクリスマスを祝うというよりも、新年を祝う意味合いが強いため、ヨールカ(クリスマスツリー)やジェット・マロース(サンタクロース)も、新年を祝うためのものという考えのようです。
クリスマスは何の日?」と聞かれると、「イエス・キリストの誕生日」と答える人が多く居ると思いますが、前述したようにイエス・キリストの誕生日は明確に記されていません。
どうしてクリスマスがイエス・キリストの誕生日になったのかは、先ほどご説明したように、ローマの冬至である「太陽がよみがえる日」とイエス・キリストの呼び名が被っていたので、同じ意味合いであることから12月25日をイエス・キリストの聖誕祭として“定めた”んです。
つまり、クリスマスの本当の意味ではないということになります。
では、クリスマスの本当の意味は何なのでしょうか?
私達が知るクリスマスは虚像
クリスマスシーズンになると、町がキラキラと美しいイルミネーションに包まれます。
クリスマスの日には、チキンとケーキを食べて、サンタクロースがやってくる。・・・・というのがクリスマスの一般的な認識ですよね。
実はこのイメージは、ほんの数十年前にアメリカの作家達によって脚色された作り物だったんです!
アメリカの商業主義によって、本来とは全く別物のクリスマスになってしまったんです。
では、何故アメリカの作家達はわざわざ事実とは違うことを日本に教えたのでしょうか?
そこには、作家達が“脚色せざる終えなかった真実”があったんです。
12月25日はバビロンの支配者の誕生日
私達がイエス・キリストの誕生日と思っている12月25日は、バビロンの支配者「ニムロド」の誕生日です。
ニムロドとは、旧約聖書の登場人物。神に反逆し、敵対する新たな宗教を布教させ組織化した人物のことです。
ニムロドの聖誕祭は、西暦起源のずっと前から異教徒達によって12月25日にバビロニアの女神(セミラミス)の息子に祝意を表して祝ってきた祭事でした。
本当のクリスマスは、悪魔崇拝や悪魔が関わった恐ろしいものでした。
この真実をそのまま伝えては商業効果が見込めないと考えたアメリカは、作家達に依頼して虚偽のクリスマスは日本に伝えたんです。
このクリスマスは25日の1日を指すのではなく、24日の日没から25日になる時までを言います。一部教派では、25日になった時点でクリスマスとするところもあるのですが
ロシアでは、暦が違うため1月7日に、新年を祝う意味合いでクリスマスを祝う風習があるのです。日本人にとってはクリスマスと言えば子供たちにプレゼントを渡したり、恋人同士で過ごしたりとイベント化しています。
https://uetani-dental.com/クリスマスってどんな日??/
ニムロドが悪魔と言われる理由
クリスマスはキリストの誕生日、降臨祭ではありません。
キリスト教では聖書の中で誕生日を祝う人は異教徒、邪教徒だと書かれています。
ではクリスマスとは何なのかというと、悪魔崇拝者ニムロドの復活を祝う日だったそうです。
ニムロドは古代バビロニアの王で神に逆らう目的でバベルの塔を建設しています
merryxmasとはMagical or Merriment Communion with Nimrod(ニムロドの快楽的な悪魔崇拝の交わり)という意味なのです。
またサンタはnの位置を入れ替えるとsatan(悪魔)となりイルミナティを表すものになります。
サンタクロースの袋はプレゼントを渡すふりをして子どもたちを連れ去ることを意味しているそうです。
昔の教会にはそれらのことが描かれていたそうです。
https://daiwaryu1121.com/post-41340/
また、カトリック教会や、この教派で行なわれるマリア崇敬の起源を、ニムロドとセミラミスに求める多くの論が存在する[4]。ニムロドが立てた国の一つであるバベル(バビロン、バビロニア)の宗教が後にカトリック教会となり、セミラミスを神として信仰する女神崇拝がマリア崇敬とされている。
日本でも高木慶太と芦田拓也が著書の中で、女大祭司であるニムロデの妻がタンムズという息子を奇跡的に妊娠したと主張し、人々に彼を救世主と説き、これが息子を抱く天の女王崇拝の原型となったとし、「天の女王」を世界各地の女神信仰と結び付け、さらに後代のマリア崇敬につながったとしている[5]。 マイケル・バーカンによれば、こうした説の起源は、スコットランドの神学者にしてフリーメイソンであるとされる、アレクサンダー・ヒスロップ(Alexander Hislop)による、反カトリック冊子『ふたつのバビロン 教皇崇拝はニムロデ夫妻崇拝である』(The Two Babylons)に求められる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ニムロド
ニムロド(ニムロデ、ニムロッドとも。ヘブライ語: נמרוד、Nimrôd)は、旧約聖書の登場人物。『創世記』第10章において、クシュの息子として紹介されている。クシュの父はハム、その父はノアである。地上における最初の勇士で狩人であるとされる[1]。ユダヤ人の伝承が記された『ユダヤ古代誌』ではバベルの塔の建設を命じた王とされる[2]。
『創世記』におけるニムロド
同時代の登場人物たちは概ね民族の代表者(族長)として記録されており、その名前はそれぞれの民族名をも兼ねているのだが、ニムロドの場合、民族的な背景は触れられずに単なる個人名(原義は反逆する者という意味)として記されている。単独で紹介された人物としては相対的に情報量が少ないが、同時代人の言葉により、彼が有能な狩人であったことが知られる。
創世記 10章9節 彼は主の前に力ある狩人であった。それゆえ、「主の前に力ある狩人ニムロデのように」と言われるようになった。(口語訳)
また、彼の王権がバベル、ウルク、アッカド、カルネ(その所在はいまだに特定されていない)といった古代都市を含むシンアルの地、及びニネヴェ、カラ、レセン、レホボット・イール(この都市の所在も不明である)のあるアッシリア地方にまで広がっていたことが『創世記』(10章)では述べられている。また、『ミカ書』(5章)ではアッシリアについて預言する際、同地を「ニムロドの地」として言及している。
ミドラーシュにおけるニムロド
一方、ミドラーシュではよりネガティブな人物として想定されている。それは彼の名前が即、神に対する反逆を表明しているからである。つまり「ニムロド」とはヘブライ語で「我等は反逆する」を意味している。狩人としての彼の行為もまた、凶暴かつ残虐的に描写されている。なかんずくバベルの塔の建造においてはその企画発案者と見なされている。彼は巨大な塔を建て、唯一の神ではなく、偶像崇拝を始めるようになる。
ユダヤ人社会では比較的ポピュラーな個人名として通用している。
推定される歴史上の人物
古来、伝説上ニネヴェを建設したとされるニノスとニムロドを同一視する説があるが、最新の研究では、アッカドの狩猟農耕の神と讃えられたニヌルタ、あるいは、王名にその名を冠したトゥクルティ・ニヌルタ、あるいは、『シュメール王名表』にウルクの初代王として記録されているエンメルカルなどがニムロドと見立てられている。
芸術作品におけるニムロド
- ダンテの『神曲』では、ニムロドは巨人の姿で登場し、地獄の第九圏において裁かれている。彼に下された罰は、他人には理解できない無駄話を永遠にしゃべり続けながら、彼には理解できない他人の無駄話を永遠に聞き続けるというものであった。これはバベルの塔における言語の混乱という故事になぞらえてのことである。
- ラディーノ語の民謡『ニムロド王の時代』、及び『祖父アブラハム』では、ニムロドとアブラハムの闘争について描かれている。アブラハムの誕生を占う吉兆の星を見たニムロドは、生まれてくる男児のすべてを惨殺するよう全土に布告する。しかしアブラハムの母は荒野へ逃亡し、そこで出産を果たす。アブラハムは成長するに至って一神教に対する信仰を宣言し、神の実在をニムロドに証明する。ニムロドは命じてアブラハムをかがり火の中に投下するのだが、彼は傷ひとつ負うことなく火の中から出てくるのであった。
- 彫刻家のイツハク・ダンツィゲルは彫像「ニムロド」を制作し、土壌に根ざして生きる人間の崇高性を提唱するカナン主義の理想を具現化している。
- アメリカ英語のスラングでは、愚かな人間を嘲る際の蔑称として用いられることがある。その由来は「バッグス・バニー」の短編映画にて、敵方の愚鈍な猟師を「ニムロド」と呼んでからかっていたことにあるのだが、旧約聖書におけるニムロドが優秀な猟師であったことにかけた皮肉である。
聖書学におけるニムロド
ニムロドの誕生日は12月25日の日曜日とされ、それはバビロニアの大安息日でもある。したがって、クリスマスはイエスではなく、ニムロドの生誕を祝う日とされる。「Merry Xmas」の『X』という十字に似た文字は、二ムロドのシンボルとされ、merry Xmas は『Magical or Merriment Communion with Nimrod』とされる[3]。
また、カトリック教会や、この教派で行なわれるマリア崇敬の起源を、ニムロドとセミラミスに求める多くの論が存在する[4]。ニムロドが立てた国の一つであるバベル(バビロン、バビロニア)の宗教が後にカトリック教会となり、セミラミスを神として信仰する女神崇拝がマリア崇敬とされている。
日本でも高木慶太と芦田拓也が著書の中で、女大祭司であるニムロデの妻がタンムズという息子を奇跡的に妊娠したと主張し、人々に彼を救世主と説き、これが息子を抱く天の女王崇拝の原型となったとし、「天の女王」を世界各地の女神信仰と結び付け、さらに後代のマリア崇敬につながったとしている[5]。 マイケル・バーカンによれば、こうした説の起源は、スコットランドの神学者にしてフリーメイソンであるとされる、アレクサンダー・ヒスロップ(Alexander Hislop)による、反カトリック冊子『ふたつのバビロン 教皇崇拝はニムロデ夫妻崇拝である』(The Two Babylons)に求められる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ニムロド